目がモノを認識しているのではなく目がモノを作り出している〜セス本メモ

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アイデアメジロ押し

まだまだミナミAアシュタール漬けが続きそうなので、直前まで取り組んでいたセス本からの気づきをメモしておこうと思います。

むろん、また機会があればこのことを考えるつもりではありますが、先へ行くともっと別のことに気付いてもう戻って来ないかもしれませんが。

チャネリングを受け入れていく物語

セスマテリアルはセスという高次の存在とのチャネリングの記録を元に、エッセイ風に編み直したもので、ドキュメンタリー風とか、物語り風に進んでいくのがおもしろいところです。

本で描かれているのは1968年、1969年頃の出来事で、挿画の著者自身のファッションがサイケデリックな70年代風を思わせ、時代を感じます。

姿の見えない存在の話を聞くなんて、昔は今よりもっと胡散臭く思われていた。ありえないことだったんですよね。

少なくとも今はそれもありかもねと思われるようになってきた、理解され得る余地がある。

時を経て、人の意識も確実に変化しているようです。

逆から考える

この本も分厚くて、面白いお話しがいっぱいですが、感覚器官が創造しているということは心に留めておきたいと思いました。

モノがあるから目がそれを認識するのではなく、目がそれを作り出しているのだというのです。

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