「黎明」葦原瑞穂著を読んだ

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誰でもチャネリングしている

1998年刊行のこの本。

私が知ったのはつい最近、服部みれいのエッセイから。

スピはもう充分だなとも思うこの頃。

しかも大きくて分厚い本。600ページを超える。

通常業務を犠牲にして、他のことをせずこの本だけを読む時間を確保しないと読み終わらない。

でも、読んで良かったなあと思った。

読後の解放感を楽しみに読んでいました。

やさしい語り口

テーマは多岐に渡るが、気難しい私も反感を持ちようなない優しく謙虚な語り口。

しるしてあたかも講演会で直接お話しを聴いているかのようで、それでいてここまで細かく説明してもらえて、本当に本にしてくれてありがとうと思う。

物理学的な説明も、これまで読んだスピ本の説明より分かりやすかった。

つまりは、私たちはものごとをその通りに見ることができないのだ。

それぞれが自分なりに捉えたものを見ているので、そのままではなく歪んでいるし、他人と同時に同じものを見ていても、捉え方はそれぞれ違ってしまうのだ。

心の中で作り出したものを見ている。

よく言われる、ひとりひとり、自分が選んだ映画フィルムを見ているというのはこういうことなんだな。

できるだけそのままを見る訓練はした方が良いが、そもそも違って見ているのを前提にしておくのが良いな。

翻訳ではない本

これを日本人が書いたということにも大きな意味があると思う。

つまり翻訳ではないという意味で、用語も著者の意図した通りに受け取れる割合が高いのではないだろうか。

本の中では「普遍意識」と「現象」という言葉で対比、統一されていたので分かりやすかった。

普遍意識とは、私の理解でざっくり言うと、ソース、源、私たちが帰っていくところ、肉体を脱ぎ捨てた後の意識、のようなもので、現象は、肉体を持って今ここで体験していることね。

でも現象は、肉体がなくても、想念だけのレベルでも発生するというから、一筋縄ではいかない。

言葉で分かりにくいのは高い次元のことを、私たちが限られた感覚でしか認識できないからで、構造的に仕方ないね。

でも逆に、それでも真理を追求してきた人たちもわずかでも必ずいて、ここまで突き止めてきたってすごいね。

そしてなんとなくでも、こうして素人の私にも伝わった。

これまで感じてきた疑問がひとつひとつ晴れた。

難行苦行の修行はしなくて良い

ところで釈迦は、苦しい修行はする必要はないと言っているらしい。

やってみたけど無駄だと分かったと。

また、生老病死は実在しないと見抜いていたという。

この本にそう書いてある。

鵜呑みにしてはいけないが、それを確認することは今すぐにはできないんだよな。

ワクワクの先へ

チャネリングの章もあって、もうあんまり興味なく読んでいたけど、チャネリングは繋がる先の確認がとても大事らしいと分かった。

それと、高次の存在はいろんなことを俯瞰してよく見えているんだけれど、逆に物質界のことは分かっっているようで分かっていない面もあるみたいだ。

「なんでできないの?」と大人が子どもにいう時みたいに、セオリー通りにやれば良いだけなのに、低次元ではどこまでも複雑になってしまったり。

わくわくすることをやれば良いだけなはずが、地球ではその他にもいろいろ考慮しないといけない点があるとか。

地上に来たことのない存在はもとより、来たことのある高次の存在ですら、地上を離れるとよく分からなくなってしまうことがあるらしい。

やっぱり、地球って、おもしろいところのようだ。

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